須坂市探検マップ| 山下薬局ブログトップページ
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頸より上の薬
須坂の道は分かりづらい!

そんな声をよく耳にします。

確かにワイフが須坂に嫁に来て始めのうちはかなり苦戦していました。

なぜそんな巨大迷路のような街なんでしょう?


かつて須坂は製糸の街として栄えました。須坂の生糸は横浜港からヨーロッパへ輸出されるほどの急速な発展を遂げましたが、基盤整備が追い付かなかったというのが一つの理由です。
では、なぜ須坂は製糸業がそんなにも栄えたのか・・
それは須坂の地形と「裏川用水網」によるところが大きいのです。

須坂の中心市街地は百々川(どどがわ)の扇状地で、その百々川から分かれた用水が街中を走っています。それが各屋敷の裏側を流れていたことから「裏川用水」といわれたそうです。この用水に水車を仕掛け、扇状地の緩やかな傾斜による落差を利用して動力を得ていたのです。
また、今現在の中町交差点は旧大笹街道・旧谷街道・旧山田道の分岐点で昔から多くの商人が行き来していたのも製糸業の発展とは無関係ではありません。



中町交差点


須坂の水車の大抵は製糸の動力として使われていたと思われますが

そうではない水車の一つとして山下薬局の水車が挙げられます。

用水は今でも残っています



ここに設けられていた水車の動力は、乾燥した生薬を粉砕・練合して

丸剤をつくるのに利用されていました

そして出来たのがコレ





「頸より上の薬」

面白い名前ですが、副題に「順通丸」とあるように下剤です

ちなみに裏面はコチラ



お通じをつけることで頭痛やのぼせ、めまいや吹き出物といった首から上の

不快な症状が改善されることからこの名前が付きました


ちなみに山下の水車、今は残っていません




| 裏川用水 | 06:00 PM | comments (x) | trackback (x) |
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