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須坂市探検隊


(2006.04.03)
本郷 十王堂、高札場


日本が封建時代だったころに、幕府が庶民に仏さまの前で約束事を誓わせた場所である「十王堂<ジュウオウドウ>」と幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておいた「高札場<コウサツバ>」の跡が須坂市本郷にあります。

「十王堂」の役割については、須坂市小山の「十王堂」にて紹介しました。
 

 

須坂市小山十王堂紹介ページ
http://www.suzakamap.com/tanken/page.php?_id=82


この本郷の十王堂の創建は、入り口の上に掛かった虹梁<コウリョウ>に施された彫刻から宝暦年間(1751-1764)のものと推測されます(信濃建築研究室・吉沢先生による)
その後、明治時代の廃仏毀釈<ハイブツキシャク>運動によって十王堂として使用されることは無くなり、集会場やリンゴの共撰場として利用されてきました。
リンゴの共撰場として使用されていた時代、農家の子供たちが十王堂に保管されている十王の像を使って遊んでいたそうです。当時の方の話では、堂の脇を流れている八木沢川に流して遊んでいたとか・・・。
そのために十王の像は痛みが進んでしまっていることが残念ですね。


昭和23年に日滝史蹟保存会が設立され、荒廃が進んでいた十王堂に修復、復元工事をしました。(昭和32年)
復元については、広く資料を集め、残された釘跡や腐った木片を頼りに原形に近づけたのだそうです。

十王堂と横に設置されている「高札場」は明治維新の際に取り壊されたのでしょう。
現在あるものは江戸時代の様子を復元しようと、昭和63年に再現したものを作りました。


十王堂には牧方丘の涅槃図<ネハンズ>が保管されています。
また、堂正面の額は、昭和32年の十王堂修復、復元工事の際に善光寺貫主<ゼンコウジカンズ>半田孝海大僧正<ダイソウジョウ>に依頼して書いていただいたものです。


立地された場所だけを見ると奥の竹林といいなんとなく江戸時代当時の情景を感じさせられます。

(2010.05.12改訂)








■今回の参考文献
十王堂について<日滝史蹟保存会>
須坂市生涯学習市内見学まなびー号資料<生涯学習推進センター>


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