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須坂市探検隊


(2006.06.08)
郷蔵

国道406号を須坂市街地方面から仁礼、菅平に向かう途中、右側にこの「郷蔵」はあります。昭和48年に現在地に移転され、一部補修改修されたのです。

郷蔵<ゴウクラ>は「おくら」とも呼ばれていて、江戸時代に年貢米を城下や他所に移送する際に一時的に保管したり、凶作に備えての貯穀用の建物なのだそうです。
私的というよりは公的な施設だったために村民共同で建てられました。

江戸時代にはこのような蔵が全国のあちらこちらにあったそうですが、封建時代が終わるとその大部分が取り壊されたのだそうです。

現在まで残された「郷蔵」の中でも、この「仁礼の郷蔵」は規模が大きく土蔵造りで火防にも配慮した立派なつくりをしています。きっとこの辺りは「大笹街道」の仁礼宿があったので、大量の穀物の保存を可能とする必要があったのでしょうね。



明治時代以降、この郷蔵には祭典用具や土木用具が収納されていましたが、藩政時代の貴重な民俗資料として、昭和50年4月1日に須坂市指定有形文化財に指定されました。



明治3年の須坂騒動によって多くの蔵が焼き討ちにあったため、現在まで残されている須坂市街地の蔵は、明治以降に建てられた蔵が大部分を占めています。


須坂騒動以前に建てられた蔵でも保存状態が悪いものが大半ですから、この「郷蔵」のように江戸時代に建てられ、保存状態が良く現在まで残されている蔵は貴重です。
いつまでも大切に保存していただきたいと願います。

しかしこの郷蔵はあまりにも目立たない。
この貴重な蔵を生かす方法はないものかな・・・?







今回参考文献
新撰須坂市の文化財<須坂市の文化財調査会>

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