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須坂市探検隊


(2006.07.27)
福島忠勝の五輪塔

長野県須坂市小河原にある「大乗寺」の裏手に五輪塔が奉られています。

実はこの五輪塔は福島正則の子「福島忠勝<フクシマタダカツ>」の墓なのです。

先日もこのページで紹介しましたが福島正則は安芸、備後(現広島県)50万石を治めていた武将です。
しかしその後広島城改修の罪で信濃に流され、一時須坂に住んでいたのです。(徳川家康の陰謀とも言われています)

☆福島正則紹介ページ
http://www.suzakamap.com/tanken/page.php?_id=61


忠勝は正則が須坂に移り住んだ元和5年(1619)の前後に須坂に入ったとされています。
しかし、その翌年9月に22歳という若さで病気の為に他界してしまうのです。

その間忠勝は大乗寺において住職より教えを受け、学問や禅を学びました。そのようなこともあり、供養の五輪塔が大乗寺境内に建立されたのです。
忠勝は当初「正勝」と名乗っていました。その後徳川秀忠より一字を与えられ「忠勝」となったという経緯があります。
ですので、五輪塔の梗慨<コウガイ>の俗名には

「福島左エ門太夫正則嫡子<チャクシ>正勝」

と彫ってあるのです。
福島家はその後忠勝の孫正勝の時に徳川綱吉より2千石与えられ旗本なり家の存続を許されました。


五輪塔は平安時代後期より密教の「塔」として造られ、その後時代と共に墓として造られようになり小型化していきます。
この福島忠勝の五輪塔は須坂では一番大きな五輪塔なのだそうですよ。

この五輪塔は須坂の石造文化的にも須坂に関わる歴史人物の資料としても大変貴重なものなのです。







今回の参考文献
須坂市の石造文化財<須坂市教育委員会>
石田光成と福島正則 福島正則の関連人物

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