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須坂市探検隊


(2007.02.26)
上平神社
須坂市塩野地区には、昔2つのお宮があったそうです。

その二つのお宮は「諏訪明神」の「上社」、「諏訪明神」の「下社」と呼ばれていたそうで、それぞれで健御名方命<タテミナカタノミコト>をお祀りしていました。

現在「上平神社<ウワダイラジンジャ>」のある地籍は
「字上平<アザウワダイラ>」いい、
この地には昔から「下社」がありました。
また、「上社」は「字古宮」という地籍が、上平神社のあるこの地よりも西に今も残ることから、そこにあったと推測されています。



塩野地区に伝わる言い伝えによると、
「上社」のあった古宮地区は、軍事道路に使われた古道が通り、軍事的に重要な辻のある地区でした。
永禄2年(1559)、武田信玄が上杉謙信の領地に侵略したときに、この地区を取り合う戦が起こり、その時「上社」は兵火にあい、焼失してしまったのだそうです。

その後、上社は再建され、由緒書には
慶長年間(1596〜1615)に合祀<ゴウシ>した
と記されているのです。
しかし、この合祀の年については、
元和5年(1619)に上・下社両領地の年貢免除の書類が残されていることもあり、定かではありません。



明治12年(1879)に、それまで「諏訪明神」と呼ばれていた神社が「上平神社<ウワダイラ>ジンジャ」となりました。
一般的に神社の名前は、その村の名を入れることが多いのですが、「塩野神社」は長野県佐久市にあることから、あえて避けたものと思われます。


この上平神社は由緒書やそれにまつわる書類が、多く現存しています。それ故に神社の歴史がわかりやすいのです。

毎年5月1日の祭礼には、須坂市の無形文化財に指定されている「奉納獅子神楽<ホウノウシシカグラ>」が行われます。

この獅子神楽は、全国的にも珍しい神楽のようですよ。
是非、一度実物を見てみたいものですね。







今回の参考文献
塩野町区誌<塩野区誌編集委員会>
新撰須坂市の文化財<須坂市の文化財調査会>
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クマスギ
 
 

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