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須坂市探検隊


(2007.08.20)
神明社の養蚕大神
この「養蚕大神」は、長野県須坂市新田町の神明社境内に明治24年(1891)に建立されました。

長野県須坂市は明治初期から昭和まで、製糸業で一躍隆盛を極めた町です。
その製糸業を支えたのが、旧須坂町近隣の養蚕業、また桑の生産と収穫でした。


この須坂市小河原地域の桑苗について、
「ぶっかき苗と象山先生」
という話が伝えられています。

佐久間象山の話に感動した、北村菊造という人物が桑苗親株増殖に努め、
安政4年(1857)に近隣に株分けをしたのだそうです。
その結果、明治初期のイタリアへの蚕種輸出を機に、桑苗の需要も急激に増し大きな利益を得るに至りました。
そのときに分けた苗を「ぶっかき苗」と呼んだのです。


蚕種の輸出は、不良種の発生により信用が失墜し、その影響で一時的に桑苗も頓挫してしまうのですが、
その後の須坂町における製糸業の隆盛と、蚕種信用復活によって大正期には小河原一帯に桑苗業者が軒を連ねる光景が広がったのだそうです。

また、全国にその名を知られた「針金巻き根取り」の開発に成功し、
戦後昭和27年(1952)には優良種の生産地として小河原の桑苗の名が広く知られるようになったのです。


昭和16年の長沼地震によって石碑が破損してしまったのですが、近隣村民によって修復されました。


須坂は製糸業の遺産の町としていますが、その近隣町には養蚕、桑苗、蚕種の遺産がいまだ多く残されています。

生糸製造は、製糸業の中の一部分の行程です。
現在は製糸産業の終着に近い「生糸製造」にばかり注目がいきがちですが、それに至るまでの産業についても調べてみると、まだまだ須坂の魅力を見つけることができるのです。

現に、小河原の桑苗が全国でも有名だったことを知っている方は、
現在となっては少ないのではないでしょうか。







今回の参考文献
ふるさと豊洲 -石仏・石神-  <豊洲地域づくり委員会>
松川扇状地の里 小河原郷誌 <須坂市小河原郷中>


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